■報告Vol.2①【テーマ】を通して
❹平和という言葉、その概念が深くなったある質問
実は、僕は理系出身で、モノの見方や考え方は物理的・数学的なところによる恩恵を受けていますが、物理的・数学的なモノの見方をした時に、実現不可能だと断言してしまいたくなるのが、平和という概念でした。
理想としては、OKだけど、現実としては無理。絶対不可能。
その様な判断が働いていました。
その判断を覆したキッカケ、それが連続するある三つの質問でした。
コウノトリSSMゲームの開発者が、ある講演の場で参加者に投げかけていた質問、これがとても衝撃的だったんです。もう何年も前になりますか。2003年くらいの頃だったかと思います。
「戦争や争いの道具とは一体、何だと思いますか?」
「平和の道具は一体、何だと思いますか?」
戦争の道具や争いの道具は沢山、出てきました。
ところが、平和の道具と問われると、一つも出ませんでした。
これは、多くの来場者たちもそうでした。
「人間は、道具があれば月に行くことができます。誰もが望んでいる平和のハズなのに実現していない理由、それは平和の道具が今までは無かったんじゃないでしょうか?」
体中に衝撃が走りました。
その通りだ!と体が頷きます。
そこで、こんな衝撃的な質問であったり、そのテーマは、時が来たら、或いは然るべきタイミングで、いつか使いたいなぁ、とずっと胸に秘めていたものであり、今までにも何回か、投げかけていた質問でもありました。
今回、このタイミングでサブテーマとして取り上げた理由は、そうした背景がありました。かくして、
〜平和や感動の道具とは〜
と相成りました。